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三島霜川

2009年5月24日 (日)

「無理かも……が……」

 5/6に部分的に紹介した久保田万太郎の「無理かも……が……」という三島霜川にふれられた小文を、「久保田万太郎全集〈第15巻〉」(1968.6)から転記しておきます。「昭和30年3月、「岩波文庫」“古典を読まう”として、執筆」(あとがき)されたもの。
 旧かなづかいは、現在の表記にあらためました。

    ━━……‥‥・・・・・・・・‥‥……━━

 無理かも……無理な註文かも知れない。
 が
 それこそ、二十冊に一冊でもいい、三十冊に一冊でもいい、いやしくも明治から大正にかけての文学史に名まえをとどめた作家たち……とくに、嘗ての時代時代に、ある程度、活躍し、一応、名声をえたにかかわらず、その後、何んらかの理由で、影がうすれたり、行方を消したり、あるいは若くして死んだりした、不幸な、不運な作家たち仕事を、この文庫のなかでとりあげてもらえないものだろうか?
 たとえば、誰か?
 童話作家以前の小川未明である。
 演劇学者以前の小山内薫である。
 水野葉舟である。
 三島霜川である。
 牧野信一である。
 さらに、もっと、話の幅をひろげるならば、一葉に対しての北田薄氷を、風葉に対しての柳川春葉を、綺堂に対しての山崎紫紅を……といった工合にまで手をのばしてもらいたいのである。その、それぞれの個人的評価をこえての、もっと大きな観点からなされるこの仕事(ぼくの希望はそうありたいのである)は、必ずや、“岩波文庫”に、また一つの見識を加えるにちがいないと思うのである。

2009年5月 6日 (水)

久保田万太郎の語る“霜川”

 いつ書いたかわからない私の手書きの「三島霜川メモ」に、――いつかnetで拾った情報だと記憶するのですが――久保田万太郎の「無理かも……が……」という短文の断片がメモされています。

 “万太郎は、「いやしくも明治から大正にかけての文学史に名まえをとどめた作家たち……とくに、嘗ての時代に、ある程度、活躍し、一応、名声をえたにかかわらず、その後、何んらかの理由で、影がうすれたり、行方を消したり、あるいは若くして死んだりした、不幸な、不運な作家たちの仕事を、この文庫のなかにとり上げてもらえないものだろうか?」として、三島霜川作品を、童話作家以前の小川未明や演劇学者以前の小山内薫などいっしょに挙げている。”

 この「無理かも……が……」という小文は、どうしたら読めるのか、全集に収まっているのだろうか。そもそも久保田万太郎の全集ってあるのだろうか・・・?。
 調べようと思いながら、そしてnetで検索すれば一瞬でわかることなのに、そんなことすらずっと怠ってきました。で、きょう久保田万太郎の命日だということを偶然知った機会に、googleのお世話になりました。

 なんとfoujita kanakoさんが、久保田万太郎全集〈全15巻〉と月報の詳細を、《中央公論社版『久保田万太郎全集』目次》として公表されているではありませんか!。
http://www.ne.jp/asahi/foujita/kanako/carnets/books/kubota-mantaro.html
 foujitaさんのすばらしい書誌を見ていくと、万太郎が、岩波書店の『古典を読もう』という岩波文庫推奨用の小冊子のために書いた短文「無理かも……が……」は、その第15巻〔補遺・雑纂 附年譜〕に収録されてることがわかりました。

 そう言えば、徳田秋声が霜川について書いたエッセイ「旧友霜川氏」のなかで、万太郎の霜川評価についてふれていたことも、今、思い出しました。
 “この間も久保田万太郎氏は、ある酒の席上で、中学時代に霜川氏の小品「スケッチ」を愛読し、それから文学的に学んだことの多いことを話された。”

 久保田万太郎――。私はいくつかの俳句しか作品としては知らないのですが、しかしそれは理屈抜きで大好きな句ばかりなのです。が、明日はとりあえず、「久保田万太郎全集」の第15巻を借りてこよう、一葉と廉太郎の年譜をにらみながら過ごした連休の最後の日に、霜川のことを少しばかり想って眠りにつくことになりました。

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