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2009年6月

2009年6月29日 (月)

廉太郎忌

 廉太郎忌。

2009年6月28日 (日)

福野高校〔巖浄閣〕にて(2)

 稲塚権次郎は、富山県立農学校の大正3年(1914)の卒業生です。恥ずかしいことに、稲塚権次郎の名前は石黒岩次郎とともに富山県の生んだコメの育成者として知ってはいたのですが、その経歴や業績についてはまったく知らなかったのです。この巖浄閣の常設展で、稲塚が鉢蝋清香とともに顕彰の展示がなされていることで、福野にあった県立農学校の卒業生であり、水稲農林1号につらなる陸羽132号の育成者であり、小麦農林10号の育成者であることも知ったのです。

 と言っても、「水稲農林1号」も「小麦農林10号」のことも知らない私は、農業にたずさわった先人として彼らの展示を見始めたのですが、鉢蝋清香の展示に《水稲「陸羽132号」と宮澤賢治》という手書きの説明があるのをみてドキっとしました。実は、今この項を書こうとしている私には、同時代人の稲塚権次郎と宮沢賢治のすれ違いの、しかし微妙に重なりあう「生」が少しは見えているのですが、時間を昨日に戻して、まずその場で写しとった説明をここに転記することにします。

 *宮澤 賢治  1896.08.27~1933.09.21
 *稲塚権次郎 1897.02.24~1988.12.07

     ━━……‥‥・・・・・・・・‥‥……━━

     水稲「陸羽132号」と宮澤賢治
 
 陸羽132号は、稲塚権次郎(旧城端町名誉町民)が、秋田陸羽支場で、寺尾博士、仁部富之助のもとで育成にかかわった水稲である。しかし権次郎は岩手県農業試験場に転勤となり、途中5代まで交配した種子を新潟農事試験場に送り、継続研究を委託する。そこには、偶然にも福野農学校の後輩である鉢蝋清香(旧平村名誉村民)が技手として勤務していた。そして、清香の手でついに世界に誇る早生水稲「農林1号」を完成させたのである。奇しくも福野農学校が生んだ偉才を放つ先輩と後輩とによる偉業であった。
 この農林1号をもとに、更に交配が重ねられコシヒカリ、ササニシキ等といった日本の優良水稲品種が多く育成されている。
 権次郎が育成に携わった「水稲132号」は、宮澤賢治が東北の飢饉を救うために心血を注ぎ、栽培を広く奨励した水稲である。この水稲により多くの人命が救われ、賢治は東北の人々から尊敬と絶大なる信頼を寄せられ、権次郎は「育種の神様」と賞讃される。
 賢治自身の詩集「春と修羅」の中の稲作挿話の中に、賢治がことのほかこの稲に思いを寄せていたことが綴られている。

2009年6月27日 (土)

福野高校〔巖浄閣〕にて(1)

 建築家・吉田鉄郎を紹介する公開展「吉田鉄郎とふるさと南砺」(於:福野高校の巖浄閣(旧富山県立農学校本館)に行ってきました。(6/13のブログ参照)

 この吉田鉄郎展にももちろん興味はあったし、この展示会がなければ出向くきっかけにならなかったことは確かなのですが、福野高校〔巖浄閣〕には、別の思いがありました。建築物というか文化財としての「巖浄閣」そのものを見たかったこと、明治大正期における「農学校」の存在の意味を考え直したかったこと(これは私の津田仙、内村鑑三、宮沢賢治への関心に繋がっています)、もう一つは極めて個人的なことがらなのでここでふれることは避けますが、そうしたいくつもの思いがあって今回の訪問となりました。

 予期せぬ発見もあり(帰宅後、それがある戸惑いともなりましたが)、城端線での行き帰りをふくめ歴史を温かな体温として感じることのできるという得がたい体験をさせてもらい、いい時を過ごせました。

 ここではその予期せぬ発見であった「稲塚権次郎」のことについてだけ報告しておきます。

 *稲塚 権次郎 1897.02.24~ 1988.12.07

2009年6月24日 (水)

今日本が一番必要としているのは

 “人はよく祖国のために死ぬことは名誉あることだといいますが、祖国のために生きることの方がもっと大変なことだと思います。もし、誰かが死ぬことで、日本の国のためになるのでしたら、私は喜んでその一人になるでしょう。でも、今日本が一番必要としているのは、心からこの国に貢献したいと願っている人たちによる息の長い仕事なのです。”

 山川捨松という23歳になったばかりの女性が明治16年に書いたものです。説明を加えて――書かれざる文脈を補って――文意をもっと鮮明にできるとも思うのですが、駄弁はよして、もう一度最後の文だけ読みたいと思います。

 “今日本が一番必要としているのは、心からこの国に貢献したいと願っている人たちによる息の長い仕事なのです。”

2009年6月21日 (日)

「時計台」2話

・《関西学院大の時計台》

 きのうの地元新聞で「関西学院大の時計台登録へ」の記事を目にしました。というより“ヴォーリズ”の名が、美しい写真と同時に目に飛びこんできたのでした。

 “文化審議会(西原鈴子会長)は19日、米国生まれの建築家ヴォーリズが設計した関西学院大学時計台(兵庫県西宮市)、真宗大谷派四日市別院本堂(大分県宇佐市)など23都道府県にある建造物116件を登録有形文化財にするよう塩谷立文部科学相に答申した。これにより登録数は計7628件となる。(中略)
 関西学院大の時計台は29年に建築された。キャンパスの中央にあり、左右対称の2階建て。アーチの付いた窓が連なるなど美しい形状で、国内に1500件以上の建築物を残したヴォーリズの代表作の一つ。”(共同通信)
 http://www.47news.jp/CN/200906/CN2009061901000482.html 

 ヴォーリズの名がというより、ヴォーリズの今に残る建築物が多く知られるようになるきっかけになるのではとうれしく思われたことでした。「関西学院大の時計台」については、gipsymaniaさんのブログ《ヴォーリズを訪ねて》↓をごらんください。
 http://gipsymania.exblog.jp/4727247/

・《中山時計店時計塔》

 5/31と6/1に“本郷大横丁の「小さな時計台」”として紹介した「中山時計店時計塔」が、《TIMEKEEPER 古時計どっとコム》の「明治の時計塔」の1項としてアップされました。この時計台のことを知りたいと長い間願ってきた私としてはとてもうれしいことです。私の霜川追跡がこんなかたちで明治文化の見直しの一助になることもあるのですね。
 http://www.kodokei.com/ot_014_k.html

2009年6月20日 (土)

あじさい諸相

 昨晩は、転勤が決まった友人の小送別会をやろうということになり、早めに勤務先を出ました。この手の集まりにはいつも遅れがちなのですが、かなり早めに着いてしまい、県庁前公園の辺りをうろうろしていて不思議な花を見つけました。

 花の一つ一つはなんとなくアジサイの雰囲気があるのですが、その白い花が、やや上向きに張り出した房状の花穂を形づくってみごとに咲いているのです。しかし葉は三裂していてアジサイとは違います。しいて言えば葉脈がやはりアジサイの葉を思い起こさせないこともないのですが・・・。

 で、きょう書店で図鑑を立ち読みしていたら、この三角錐状の房に花をつけたこの花の写真を見つけました。「ピラミット形の花序をもつアメリカ産のアジサイ、カシワバアジサイ」というような説明がついています。こうなったら居ても立ってもいられなくなって?、昨晩この花を見た街角に直行しました。図鑑の写真と私の印象にあった花が同じ花なのか確かめるためです。

 間違いなくその花はカシワバアジサイ(柏葉あじさい)でした。
 http://www.hana300.com/kasiaj.html

 その帰り道、「観音湯」――富山駅前のこの観音湯をご存じのクライマーの方は多いはず――の隣家との境にこれまた奇妙な花が咲いていることを発見。つる性の植物のようでしたが小花の集まった花序の部分、その小花が何色にも色が分かれているのです。わたしの筆力では描写できないので、写真をご覧にいれます。帰宅してからnetで調べたものです。
 http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/sympetalae/verbenaceae/lantana/lantana.htm

 「ランタナ」という名のこの花は、江戸時代からもう日本に来ているとのことにも驚いたのですが、「七変化」という和名にもちょっとしいた感慨がありました。そう、「七変化」は上に紹介したアジサイの別名でもあるのです。

 「七変化」から、花色のうつろいを人心の心変わりに掛けて詠んだ大伴家持の「言問はぬ木すら紫陽花・・・あざむかえけり」という難解な歌を、想い出しましたが、今あらためて調べてもよく意味がわかりません。中西進さんの注解を紹介しておきます。

 「言問はぬ木すら紫陽花諸弟らが練の村戸とにあざむかえけり」(「万葉集」巻第四・七七三)
 “ことばをいわぬ木だって紫陽花のような変化の花もあることよ。諸弟(もろと)らの練達の心にだまされてしまった。”

〔追記〕
 講談社文庫の中西さんの脚注に“《諸弟》人名か。以下難解で諸説ある。」とあって、《村戸(むらと)》には、腎臓のこと、とあります。たしかに角川ソフィア文庫の脚注(伊藤博)には、“練りに練った荘重な言葉の意か。「むらと」は「群詞」か”と異説が述べられています。

2009年6月14日 (日)

龍昌寺/瀧廉太郎の麹町/室生犀星の初上京・・・

 芭蕉の泊まった小松の立松寺〔龍昌寺〕と、金沢裏五十人町の猫寺・龍昌寺/聖公会の博愛教会と女子英学塾――瀧廉太郎のいた番町の一コマ/室生犀星の初上京〔明治43年5月6日〕をめぐる自伝小説の諸相・・・・といったことがらを書こうと思いながら、雑事で一日が暮れてしまいました。

2009年6月13日 (土)

公開展「吉田鉄郎とふるさと南砺」

 南砺市の福野高校にある“巖浄閣”(国指定重要文化財/旧富山県立農学校本館)で、吉田鉄郎を紹介する公開展「吉田鉄郎とふるさと南砺」が開かれているという(7月25日までの第二・第四土曜日のみ)。

 吉田鉄郎――。この富山県福野町(現・南砺市)出身の建築家については、鳩山・西川抗争?の一環として話題となった「東京中央郵便局」の設計者として、少し名前が知られるようになったかも知れない。

 この公開展のことを教えてくれたのは、今日、偶然たどりついた《高岡近代化遺産情報》というブログ。貴重な情報のつまったサイトである。

http://takaokaheritageinformation.blogspot.com/2009/05/blog-post_17.html
http://www.toyama.hokkoku.co.jp/subpage/TO20090510511.htm

 *吉田鉄郎  1894.05.18~1956.09.08

〔追記〕
 「巖浄閣」は、この地に農学校をつくることに尽力した島巖(しま・いわお)にちなんだ命名。なお、net上には「富山県簡易農学校本館」「富山県立農学校本館」「富山県農学校本館」など校名の推移に沿ったさまざまな表記が見られるが、この建物が建築された1903(明36)年4月時点では、「富山県立農学校」である。
 http://www.tsuchiura1-h.ed.jp/pdf/d-acan9.pdf

2009年6月 8日 (月)

京都の夢二

 きょう彦乃が京都で彼女を待つ竹久夢二のもとへ。夢二、不二彦、彦乃の3人の生活がはじまる。

 92年前、1917(大正6)のこと。

〔追記:6/13〕
 すぐにちょっと説明をくわえようと思いながら、そのままになってしまいました。不二彦のことを説明するのにその母であり夢二の別れた妻であった“たまき”のことを書かねば、夢二が京都に住むきっかけをつくった堀内清のことを書かねば、二年坂のことを書かねば、など多くの[ねば]を考えていたら、情報不足に筆力不足が重なって指がとまってしまいました。
 おかげで今まで調べたことのなかった堀内清の住まい〔京都市上出水〕のことや、京都府立図書館――〔武田五一設計〕夢二の京都での展覧会の会場となった――の館長・湯浅吉郎のことなど、少し知の輪が広がりました。
 いずれまた。。。。

2009年6月 7日 (日)

金沢にヴォーリズ設計の幼稚園が!

 金沢にヴォーリズの設計した幼稚園があることを、金沢の情報誌『そらあるき』で知りました。川上幼稚園と清泉幼稚園です。清泉幼稚園は今年の9月に解体されるとのこと。いずれにせよ、詳細は実見の上、報告したいと思います。

 ヴォーリズ(William Merrell Vories)については、ヴォーリズの流れを汲む一粒社ヴォーリズ建築事務所のサイトをご覧ください。
 http://www.vories.co.jp/company/history.html

2009年6月 6日 (土)

夢二、デザイナーとしての軌跡

 『夢二グラフィック――抒情カット・図案集』(ピエ・ブックス/20009.2)

 夢二のデザインエッセンスがつまった本。2800円と多少高価ですが、セノオ楽譜の表紙絵はもちろん、雑誌の表紙、挿し絵、カットなどが見飽きないほど満載されています。竹久夢二美術館の谷口朋子さんの解説もいつもながら得られること多いもので満足。
 ふつうの書店では、このピエ・ブックスの本というのは書棚にはほとんどないのではないでしょうか。そんなわけで、わたしも高岡市駅地下の芸文ギャラリーの企画展「芸文堂――2週間だけ本屋さん」(PIEブックスとラトルズの出版社2社限定のブックフェア)にふらりと立ち寄って知った次第。
http://www.takaoka-st.jp/?itemid=2472&subcatid=15
http://www.geibungallery.jp/hotnews.html#geibundo-2

〔追記〕
 旧日記に、夢二やセノオ楽譜について書いたもののいくつかを、自分の整理のために、リンクしておきます。

 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&log=20050710
 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&log=20041205
 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&log=20041204
 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&log=20030527
 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&log=20030220

2009年6月 4日 (木)

《硬直した》司法判断

 このブログには、<短詩・樹花たまには歴史の歳時記>的な話題以外は意識して書かないことにしていますが、足利事件で明らかになった最高裁、宇都宮地裁の《硬直した》司法判断には、大きな憤りと失望を感じたことだけは、書いておきます。

2009年6月 3日 (水)

酔仙翁――Dusty Miller――白妙菊

 先週末から我が家の庭に酔仙翁(スイセンノウ)が咲きだしました。“酔仙翁”と漢字で書くと、在来種のようだがこれは外来種。それは花を見ればわかることだが、原産地を確認しようとして、アッと驚いた。この花の英語名“Dusty Miller”を順々に検索していたとき、モニター画面に浮かび出たのは、スイセンノウではなく、先日来、その名を知りたいと図鑑などをのぞいていた銀白色の茎に黄色い花の咲く花だったのです。・・・その日本名?漢名?は“白妙菊”。

 “白妙菊”も名前だけ見れば、純在来種のようですが、さにあらず。これも写真を見ていただければあきらかなように洋物、名前から姿を思い浮かべることができない方も、「これ見たことあるよ」とおっしゃる方もおありかと思います。

 酔仙翁や白妙菊の、白い粉をまぶしたような葉や花茎は、“ダスティーミラーさん”と呼ばれる容姿というべきなのでしょうか。

 http://www.hana300.com/suinou.html
 http://www.hana300.com/sirota.html

〔追記〕
 旧日記に書いた「(スイ)センノウ」メモいくつか。
 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=325457&start=21&log=200707&maxcount=25

2009年6月 1日 (月)

実在した本郷大横丁の「小さな時計台」

 Kさんへ

 以前に、Kさんのブログで「本郷小説」のことを話題にし、霜川の「昔の女」を紹介したとき、本郷通りから壱岐坂にぬける「大横丁」のことを取りあげていただきましたね。そのとき、お聞きしてみようと思いながら忘れてしまったことがありました。

 お聞きしてみたいと思った第一点は、霜川文中の「小さな時計台の下から大横町に曲がって」とあるところの《小さな時計台》について、第二点は「真砂町、田町、川勝前から柳町にかけて、その通りには古道具屋が多い。」とあるところの《川勝》についてでした。これらについてご存じであれば、教えていただこうと思ったのです。
(注:霜川の「昔の女」の該当箇所は、昨日の書き込み参照)

 きょう、第一点の《〔大横丁角の〕小さな時計台》のことがわかりましたので、Kさんにも興味のあるところと思い、お知らせすることにしました。なんと、大横丁の入り口付近には、ほんとに時計台があったのです!。
 それは“中山時計店”の屋根上の櫓時計風の時計台のことでした。《TIMEKEEPER 古時計どっとコム》↓というサイトの「メイン掲示板」2009/05/31の“本郷大横丁入口の「小さな時計台」”を参照くだされば幸いです。
 http://www.kodokei.com/

 私の書き込みに対し、「店舗はモダンな建物で行人の注目を引いたとのこと。明治31年に建設され、関東大震災で焼失しています。」という説明と、その中村時計店〔東京市本郷区本郷二丁目二十ニ番地/中山直正〕の貴重な写真をもって答えていただきました。私も、――時代的にも、場所的にも、――この中山時計店の時計台が、霜川の「小さな時計台」であろうと確信めいた気持ちで受けとめています。(詳細は、上記掲示板参照)

 《川勝》については、まったく調べが進んでいませんが、なにかご存じでしたらまたご教示ください。

 では。

〔追記〕
 本郷大横丁の「小さな時計台」〔中山時計店時計塔〕が、《TIMEKEEPER 古時計どっとコム》の「明治の時計塔」の1項として紹介されました。ぜひ、ご覧ください。
http://www.kodokei.com/ot_014_k.html

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