無料ブログはココログ

« 京都で出会った二人の建築家 | トップページ | 祇園の青き魚 »

2009年5月14日 (木)

ちょっとメモ

 続稿を書きますと約束していながらそのままになっていることやら、新しく知りえた情報でしかも関連しあっていることがらなど、それらを整理して書きたいと思いながら、手つかずの状態です。

 先日からの本郷西片町話題と、京都話題が重なるところに《上田敏》がいて、気になっています。もともと上田敏は、一葉やハーン(八雲)の関連で興味を持っていたのですが、西片町の上田敏について言えば、敏の実家である乙骨家と田口卯吉との関わり、京都の敏について言えば、室生犀星が訪れた京都の敏旧家跡の探索。。。(岡崎広道三六番地?)

 一葉と、野々宮きく子、安井てつとの、とりわけキリスト教の、関連。偶然、野々宮きく関連で見つけた、一葉と滝廉太郎の〔大音楽会〕での出会い?。そうそう田辺龍子・田辺朔郎(=いとこ)の関連から見えてきた滝廉太郎・滝大吉(=いとこ)。田辺朔郎と滝大吉は、生年も同じですが、工部大学校で同期なのです!

 木下杢太郎日記、とりわけ昭和18、19年の記述。この時期の発言として書き抜いておきたい言説が多い。久内清孝氏も何度か登場する。清光との誤植もあるが。啄木との交流に関わる部分が、関東大震災で消失(焼失?)し、脱落しているのが残念。

 書いているとキリがないので、こま切れの時間と資料を、よりあわせたいと思っています。

« 京都で出会った二人の建築家 | トップページ | 祇園の青き魚 »

コメント

大正二(1913)年、犀星が訪れた京都の上田敏の住まいは、《岡崎広道入江三六番地》であることが、確認できました。
(明治文学全集『上田敏集』〔1966.4/筑摩書房〕の「年譜」(安田保雄編)による。)
現在の左京区岡崎入江町のようですが、旧地番の「岡崎広道」というのがどの辺りまで含んでいるのか、私にはわかりません。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1108790/29614715

この記事へのトラックバック一覧です: ちょっとメモ:

« 京都で出会った二人の建築家 | トップページ | 祇園の青き魚 »

最近のトラックバック

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31