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2009年5月25日 (月)

幻の「滝の作品」を富山の街に探す

 一枚の素朴な筆致のパースに出会って釘づけになりました。古いものですが、なぜか不思議な魅力をもっているのです。

 “最初の県会議事堂 明治20年に県庁前に堀を隔てて建てられた”という説明がついています。『富山県のあゆみ』、――富山県の置県90年を記念してつくられたビジュアル県小史というべきもの――もしかしてこれに、写真が載っているのではと、淡い期待をもって開いてみたらば、写真ではなくパースがありました。富山県最初の県会議事堂の正面図です。

 滝廉太郎が幼少期に富山で1年半ほど暮らしたということで、後年の名作「荒城の月」は富山城址をモデルに作曲したもの、「お正月」や「雪やこんこん」は富山の冬が反映した作品、――という主張が近年よく見られます。そうした議論もいいのですが、滝の作品が間違いなくこの富山に存在していた事実をもっと掘り下げてみたいと思っています。ただしここにいう「滝の作品」とは、廉太郎の楽曲ではありません。廉太郎の年長の従兄弟、建築家の滝大吉の作品です。

 初代・県会議事堂と上新川郡会議事堂が、滝大吉の設計作品だという驚くべき事実をさりげなく教えてくれたのが松本正さんの『滝廉太郎』(*)でした。廉太郎同様(廉太郎以上にか)強い関心をもっている滝大吉の設計した建築物が富山にあったなどとは想定だにしていなかったのですから、この事実にはわくわくしました。“明治時代の県会議事堂の写真なら探せば見つかるかも”と思い、最初に手に取った本のページを、――多少というか、かなりというか、期待しつつ――繰ったら、写真ではなくパースが出てきた、というわけです。
 ただし廉太郎は有名でも、無名の滝大吉は県内の歴史家にとっては興味の対象外だったのでしょう。議事堂のパースには設計者の名前は記されていません。しかし廉太郎以上に、大吉は富山県にとって直接に有縁の人物だったのです。

 この県会議事堂と上新川郡会議事堂があったであろう場所を、旧地図と見比べてほぼ特定し、きょうその地に「パースに描かれた幻の建物を」訪ねてみました。あきらめていた「郡会議事堂」の場所探しも、「郡」とは何だったのかという問いと並行してほぼ「解」をみつけることができましたが、その報告――地図散策と小さな街歩き――は、また後日に。

〔追記〕*『瀧廉太郎』(松本正/大分県先哲叢書/大分県教育委員会/1995.3)
 叙述は淡々としていますが、あらたな発見をいくつもさせていただいた本です。残念なことにこの本は、非売品。

〔追記:2〕
 なんと今の私の知りたいことにぴったりと合った展示会が、富山城址公園内の「富山郷土博物館」で開かれているではありませんか!。《企画展「明治の富山城址――お城の跡の再開発」》。7月5日までですが、すぐにでも飛んでいきたい気持ちでいます。

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