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2008年9月 9日 (火)

大正初年の犀星

 森まゆみさんの『不思議の町 根津』に根津界隈時代の室生犀星についての記述がありました。
 明治43年5月6日の初上京の後、根津片町→谷中三崎町と移り住んだという具体的な記述のあと、8月に帰郷とあり、以下のように続きます。

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 明治44年10月 二回目の上京、駒込千駄木町田中方に下宿
 明治45年7月 二回目の帰郷
 大正2年1月 三回目の上京、根津権現裏紅梅館に下宿。同年夏、帰郷。
 大正2年11月 四回目の上京、本郷弥生町一、六条方に下宿

 大正3年冬、谷中に転居した可能性があるという。この年2月、はじめて萩原朔太郎と会う。そして前橋に朔太郎を訪ね、一か月近く滞在して帰京し、千駄木町42番地蔵田方に止宿。これを追うように朔太郎が上京し、千駄木町120番地萩谷方に止宿して、前橋、東京を往復している。このころ犀星は朔太郎とまるで兄弟のような親しさで、連れ立って池之端の大正博覧会を見たり、根津権現内のベンチの上で即興詩を作ったり、林町の高村光太郎を訪ねたりしている。 

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 ところで少し気になるのは、大正2年1月と夏の上京と帰郷、大正3年に朔太郎が止宿したという千駄木町120番地萩谷方、である。(続)

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コメント

こちらのブログを見て、びっくりしました。
私の母方の祖母のお母さんの旧姓が萩谷で、
実家は千駄木町120番地で下宿屋をしていました。
萩谷朔太郎、室生犀星、あと画家の方が下宿をして
いたそうです。室生犀星の書いた掛け軸が萩谷の
家にあったそうですよ。

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